横浜市立大学大学院生命医科学研究科 博士後期課程2年の石本 直偉士さん、朴 三用教授、北海道大学大学院薬学研究院 前仲 勝実教授、東北大学大学院薬学研究科 井上 飛鳥教授、延世大学 Lee Weontae教授らの国際研究グループは共同研究により、中枢・末梢神経系において発現するペプチドホルモンであるガラニンと受容体であるガラニン受容体(GALR2)、Gqタンパク質三量体の複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析法*1により明らかにしました。 研究成果のポイント
研究背景 年間100兆円を超えるとされる世界の医薬品市場で市販されている約半数の薬剤は膜タンパク質*3を標的としていると言われています。特に、市販薬剤の3割ほどはGタンパク質共役型受容体(GPCR)という膜タンパク質が標的となっています。そのため、GPCRの構造学的知見は新規薬剤の開発において重要な役割を果たすと考えられ、近年さまざまなGPCRの構造が明らかになっています。 研究内容 本研究グループは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析により、ガラニンとその受容体の1つであるGALR2とGタンパク質の複合体の立体構造を明らかにすることに成功しました(図1)。 明らかとなった立体構造を基に変異体を作製し、東北大学・井上飛鳥教授によるGqタンパク質の活性測定によりガラニンとGALR2の結合に関わる重要な残基を明らかにしました(図2. 左)。また、すでに非活性型の立体構造が明らかとなっているGPCRの1種であるβ2アドレナリン受容体(β2AR)と構造を比較すると、活性型GALR2の6番目の膜貫通ヘリックスは非活性状態と比較して大きくシフトしており、また、GPCRに保存されているいくつかのモチーフについても構造変化が起こっていることを明らかとしました(図2. 右)。これらの構造変化は他の活性型GPCRの構造にも見られる特徴の1つであり、GALR2でも同様の構造変化が起こっていることがわかりました。 今後の展開本研究により明らかとなったGALR2とガラニンの複合体の立体構造情報は、今後、アルツハイマーやうつ病をはじめとする神経疾患の新規薬剤の開発や既存薬剤の改良、また、Gタンパク質を介したシグナル伝達の機構などの生理学的知見において重要な役割を果たすことが期待されます。 研究費本研究は、文部科学省・新学術領域研究「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用」と科研費(基盤B)の支援を受けて遂行しました。 論文情報 タイトル: Structure of the human galanin receptor 2 bound to galanin and Gq reveals the basis of ligand specificity and how binding affects the G-protein interface. 用語説明*1 クライオ電子顕微鏡単粒子解析:極低温状態の氷中に包埋したタンパク質試料についてクライオ電子顕微鏡を用いて撮影、得られたタンパク質粒子像の画像処理を行い、3次元再構成することでタンパク質の立体構造を明らかにする手法。 *2 Gタンパク質共役受容体(G protein-coupled Receptor : GPCR):ヒトゲノム中に800種類ほど存在していると考えられている7回膜貫通型の膜タンパク質でありGタンパク質を介して細胞外の情報を細胞内へ伝える役割を担う。 *3 膜タンパク質:生体膜上に存在するタンパク質。細胞間、細胞内外の情報伝達、細胞内環境の調節、エネルギー生産などを担う。
問い合わせ先天野剛志・廣明秀一 要 約2012年のノーベル化学賞は,Gタンパク質共役受容体(GPCR)に関する研究について,米国Duke大学のLefkowitz教授と米国Stanford大学のKobilka教授に授与された.GPCRは細胞の外の刺激を内部に伝える刺激受容とシグナル伝達の鍵となるタンパク質であり,創薬の標的としてもきわめて重要である.しかし,細胞外のシグナルを立体構造の変化を介し細胞内に伝達するという機能的な必然性のため,膜貫通へリックスの配向ならびに細胞内ループの周辺において,複数の立体構造のあいだでの構造のゆらぎが存在しており,その構造解析は容易ではなかった.細胞内ループにT4リゾチームのような可溶性のタンパク質を融合することにより,高分解能でのβ2アドレナリン受容体の構造解析はなされたが,この構造解析にいたるまでに,さまざまな研究者により多くのGPCRに普遍的に応用の可能な方法論が確立された.たとえば,脂質キュービックフェーズ法,あるいは,熱安定性をもつ点変異体を徹底活用してGPCRのコア構造の平衡状態を不活性型または活性型のいずれかにかたよらせ固定するといった手法である.これらの方法は単なる構造生物学における技術開発にとどまらず,GPCRのシグナル伝達機構の本質の理解にせまるものであった.ここでは,GPCRによるシグナル伝達の分子機構について,GPCRの立体構造解析の技術開発の進展と関連づけて解説する. はじめに古来,毒と薬は表裏一体であった.あるいは,医薬品の発見と開発の歴史は,その初期において,毒物の発見とその利用の歴史であるといい換えても過言ではない.人類はその存続をかけて,これまでに多くの毒と出会い,その一部の有効利用に成功してきた.そうした歴史的な経緯のなかで実用化されてきた医薬品の多くは,人体のホメオスタシスや神経伝達を制御するGタンパク質共役受容体(G-protein coupled receptor:GPCR)を標的とするものである.2012年のノーベル化学賞は,米国Duke大学のRobert J. Lefkowitz教授と米国Stanford大学のBrian K. Kobilka教授の,GPCRの構造と機能に関する長年の研究成果に対し授与された.ところで,不思議な話ではあるが,GPCRは分子生物学あるいは細胞生物学の観点から注目度の高いタンパク質ではない.たとえば,生命科学系の大学院において広く使用されている教科書『Essential細胞生物学 第3版1)』においても,わずか十数ページが割かれているにすぎない.一方で,その薬理学的な重要性から,医学や生理学あるいは薬学の関係者からは,知る人ぞ知る重要な標的タンパク質と目されていた.また,構造生物学者からは構造解析の困難なタンパク質の代表格とされていた.今回のノーベル化学賞につながった業績は,その機能解析をつうじホメオスタシスや神経伝達などきわめて重要な生理現象に共通な機構の解明において,その端緒を開いたという点で非常に意義深い. 1.GPCRの分類まず,アミノ酸一次配列にもとづいたGPCRの分類と,それぞれの基本的な生理機能について復習しておこう.GPCRはペプチドホルモンや低分子リガンド,あるいは,光などの細胞外のシグナルを受容し,それを細胞内に伝えるのが主たる機能である.GPCRの主要な3つのクラスについてあげた(図1).この分類は,オランダCMBI(Centre for Molecular and Biomolecular Informatics)の公開しているデータベースGPCRDB 2,3)(URL:http://www.GPCR.org/7tm/)を参考にしている.現時点で,ヒトのゲノムにはおよそ1400種のGPCRの遺伝子が存在しており,この数は全遺伝子のおよそ5%にも及ぶ.このうち,もっとも多いのは嗅覚受容体である.これらのGPCRは,全長のアミノ酸配列の相同性にもとづき5つのクラスに分類されている.
ここでおもにとりあげるクラスA(ロドプシンファミリーともよばれる)は,N末端ならびにC末端にあるループが短い,または,そこにほかの構造ドメインをもたないタイプである.カテコールアミンや脂溶性の低分子リガンド(多くの神経伝達物質を含む),ペプチドホルモン(エンドセリンなど)を受容してシグナル伝達を行う.最初期に構造解析されたロドプシンは,それらのリガンドの代わりに光受容分子であるレチナールが共有結合により結合している.クラスAには,視覚や嗅覚などの感覚,神経伝達,ホメオスタシスの維持など,きわめて重要な生理機能にかかわるGPCRが数多く含まれている. 2.GPCRによるシグナル伝達のしくみGPCRにリガンドが結合するとGPCRの膜貫通へリックスの立体構造に変化が起こり,その変化が細胞内ループに伝わって,結果的に,細胞内ループに結合したヘテロ三量体型GTP結合タンパク質に伝達される4).このヘテロ三量体型GTP結合タンパク質(以下,単にGタンパク質とよぶ)は,その名のとおり,α,β,γの3つのサブユニットからなるタンパク質であり,このうちGTPと結合するのはαサブユニットである.Gタンパク質には複数の種類があり,その種類により細胞内に伝わるシグナルは大きく異なる.たとえば哺乳類において,αサブユニット,βサブユニット,γサブユニットの分子種は,それぞれ,約20種類,約6種類,約12種類が存在している.GPCRが同じでもそれに共役するGタンパク質の種類が異なれば生理的に活性化と抑制の正反対の反応をひき起こすこともあり,そのことがGPCRに関係する生理現象の複雑さの原因のひとつとなっている.Gタンパク質においても,細胞増殖におけるシグナル伝達などで知られる低分子量Gタンパク質などと同様に,GDP結合型が不活性型,GTP結合型が活性型である.リガンドがGPCRに結合することによりシグナルはGタンパク質のαサブユニットに伝達される.すると,これまで不活性型であったGタンパク質のGDPがGTPに交換され,αサブユニットとβγサブユニットの2つに解離する.αサブユニットとβγサブユニットはそれぞれGPCRから解離し,別個のエフェクター分子に作用してシグナルを伝達していく(図2).
GPCRの種類ならびにそれが発現している細胞により,GPCRと共役しているGタンパク質の種類も異なっている.それらはαサブユニットの配列により,Gs,Gi/o,Gq,G12/13の4つのタイプに大別される.Gsのsは活性化(stimulation)の頭文字を意味し,膜酵素であるアデニル酸シクラーゼを活性化することにより後続するシグナル伝達カスケードの初発を行う.また,ホスホリパーゼA2あるいはホスホリパーゼCなどを活性化して細胞内にシグナルを伝達する.活性化されたアデニル酸シクラーゼにより生成されたcAMPは,プロテインキナーゼAを活性化して広範な細胞刺激をつかさどるセカンドメッセンジャーである.一方,Gi/oのi/oは阻害(inhibitory)/その他(other)の頭文字を意味し,しばしばアデニル酸シクラーゼの活性を阻害するため,さきのGsに由来するシグナルの抑制を担う.そのほか,βγサブユニットを介してホスファチジルイノシトール特異的ホスホリパーゼCβやホスホジエステラーゼを活性化するなど,広範なシグナル伝達系に関与している.これら2つの主要なタイプのほか,ホスホリパーゼCβを活性化するGq,低分子量Gタンパク質であるRasやRhoを介したシグナル伝達系とクロストークするG12/13がある. 3.GPCRに特徴的な薬理作用GPCRにはホルモン受容体や神経伝達物質受容体などが多く含まれる.そのため,通常の酵素阻害剤やチャネルブロッカーとは異なり,GPCRに作用する薬物は薬理学的につぎの2種類に大別される.すなわち,アゴニスト(作動薬)とアンタゴニスト(拮抗薬)である.アゴニストはその受容体の生理的なリガンドと同様の生理作用をひき起こす薬物であり,アンタゴニストは生理的なリガンドの作用に拮抗してこれを阻害する薬物である.通常,薬物の作用強度は薬物と標的となる受容体との解離定数(Kd)により一意的に定められるべきものであるが,GPCRのアゴニストには大過剰を投与しても本来の生理的なリガンドが起こしうる生理反応の部分的な活性化しか示さないものがある.そこで,解離定数とは別に,飽和したときに100%の生理活性をひき起こしうるものを完全アゴニスト,部分活性化しかなしとげないものを部分アゴニストとよんで区別している.また,少なくない数のGPCRはリガンドの結合していない状態でもある程度のシグナル伝達を行っている.これは,いわば,自動車のエンジンのアイドリング回転に相当する活性で,基礎活性(または,基底状態活性)とよぶ.通常のアンタゴニストは受容体によるシグナル伝達の活性化は阻害するものの,この基礎活性には影響をあたえない.一方,インバースアゴニスト(逆作動薬)とよばれる薬物は,この基礎活性をさらに抑制する薬物である.GPCRの関与する系ではこれら複雑な現象が古くから知られており,その分子機構の解明が待たれていた. 4.GPCRの結晶化のくふう:受容体とリガンドKobilka研究室の業績にくわえ,これまでGPCRの高分解能での立体構造解析に成功し技術確立に貢献した,Stevens研究室(米国Scripps Research Institute),Tate研究室(英国MRC Laboratory of Molecular Biology),および,わが国の岩田 想研究室(京都大学大学院医学研究科)による成果について紹介する.なお,GPCRの結晶化法の進展について,執筆時に収集した54個のPDBエントリーにある結晶化の条件などをまとめたものをSupplementary Tableとして添付する(表1).これが読者の一助になればと願っている. 表1 GPCR結晶化法の進展 GPCRは重要な創薬ターゲットであったこともあり,その構造決定にむけて多くの努力がなされてきた.構造決定においてたちはだかった壁は,1)組換え体のGPCRが大量に得られないこと,2)結晶が得られない,たとえ得られたとしても,分解能の悪いこと,であった.これらの壁はタンパク質の結晶化においてつねにたちはだかるものであるが,GPCRにおいてはとくに高い壁であった. 5.GPCRの結晶化のくふう:結晶の作製 試料の調製におけるくふうにより均一なコンホメーションをとりうる試料を得ることが可能となったとしても,残念ながら,まだ構造解析に足る分解能をもつ結晶は得られない.なぜなら,GPCRには運動性の高い細胞内ループが存在するほか,ミセルにおおわれたGPCRは格子状には整列しにくいからである. 6.クラスAのGPCRの比較
クラスAのGPCRはロドプシンファミリーともいわれ,ロドプシンに対するアミノ酸配列の保存性が比較的高い.このことは,さきに述べたように,2007年に報告されたβ2アドレナリン受容体とT4リゾチームとのキメラタンパク質の構造は,T4リゾチームとロドプシンのデータをもとに分子置換法により決定されたことからも明らかであろう.
また,同じGPCRでも結合しているリガンドが変わると膜貫通ヘリックスの位置と角度も変化しており,この変化こそが細胞外からのシグナルを細胞内へ伝える分子機構の鍵である.これまでに,アゴニストの結合した活性型と,アンタゴニストもしくはインバースアゴニストの結合した不活性型の両方の構造が決定されているのは,β2アドレナリン受容体,β1アドレナリン受容体,A2Aアデノシン受容体である.活性型と不活性型のGPCRの違いを細胞内からみると,β2アドレナリン受容体では,TM5は中心から外側への移動,TM6は時計回りの回転と外側への移動,TM3とTM7は内側への移動が生じていた(図3b).一方,A2Aアデノシン受容体では,TM3は細胞外へむかっての移動,TM5はTM6へむかっての移動,TM6は時計回りの回転と外側への移動,TM7は内側への移動が生じていた(図3c).これらのコンホメーションの変化には結晶化の条件などによる影響の含まれている可能性があるが,アゴニストの結合による結合ポケットの周辺の小さな変化が膜貫通ヘリックスの移動や回転を誘起し,GPCRの細胞質側に大きな変化を生じさせている. 7.GPCRによるリガンドの認識機構:ニューロテンシン受容体を例として
実際の構造解析の例を参考にしながらGPCRによるリガンドの認識機構とシグナル伝達機構を解説する.とりあげるのは,これまで紹介していなかったGPCRの解析に成功したもうひとつの研究室であるGrisshammer研究室(米国NIH)による成果で,2012年に報告された,ニューロテンシン受容体とニューロテンシン(の部分ペプチド)との複合体の構造である17).ニューロテンシンはウシの視床下部で発見された13アミノ酸残基からなるペプチドホルモンであり,末梢血管の拡張と血圧の降下作用,腸管の収縮作用,鎮静作用などが知られる.これまでに多くのアゴニストあるいはアンタゴニストとGPCRとの複合体の構造が報告されているが,ペプチドホルモンと結合しているものとしては,この構造がはじめてであるので例として選んだ.結晶化には,ニューロテンシン受容体の3番目の細胞内ループをT4リゾチームにより置換したキメラタンパク質が用いられた.試料はバキュロウイルス-昆虫細胞発現系を用いて発現させたのち精製され,界面活性剤としてはMNGが使用された.最終的に,脂質キュービックフェーズ法により結晶化され,2.8Å分解能で解析された18).
この構造解析ではリガンドと結合していない状態のニューロテンシン受容体の立体構造は明らかにされていないため,リガンドとの結合の前後でどのような構造変化が起こるのか,その詳細は未知である.しかし,アゴニストとの結合により誘起されるコンホメーションの変化,すなわち,TM5やTM6が相対配置を変え,最終的にICL2およびICL3の立体構造の変化をひき起こす点は共通であった.しかし,リガンド結合部位の“深さ”の点では大きく異なっていた.ロドプシンにおける内在性リガンドである全transレチノールや,β1アドレナリン受容体のリガンドであるイソプレナリン,A2Aアデノシン受容体のリガンドであるアデノシンなどは,膜貫通ヘリックスのより膜の中心部に近い深部に結合することで構造変化を起こす.それに対し,ニューロテンシンの結合部位はそれらリガンドの結合部位よりも5Å近くも膜外(細胞の外側)に近い(浅い)ところであった(図4b).したがって,リガンドとの結合部位は異なるのに生じるコンホメーション変化は共通であることは,活性型のβ2アドレナリン受容体やA2Aアデノシン受容体の構造から示されているものとは異なる分子機構により,ニューロテンシン受容体は活性型のコンホメーションをとることを示唆した. 8.GPCRによるシグナル伝達機構:Gタンパク質におよぼされる構造変化GPCRによるシグナルの受容が最終的にどのようにGタンパク質に伝達されるかについて簡単に紹介する.この分子機構の解明に大きく貢献したのは,2011年の,アゴニスト結合型のβ2アドレナリン受容体とヌクレオチド非結合型Gタンパク質との複合体の構造解析の報告である19)(図5a).さきに述べたように,アゴニストとの結合によりGPCRにひき起こされる立体構造の変化は,細胞の内側におけるTM6の時計回りの回転として現われる.その結果,TM5とTM6とのあいだに溝が形成され,このGPCRとGタンパク質との複合体においては,そこにGタンパク質のαサブユニットのもつα5ヘリックスが結合していた.しかし,TM6とα5へリックスとの位置関係はこれまでロドプシンとトランスジューシンに由来するペプチドとの複合体の構造から予測されていたものとは異なっていた.すなわち,GPCRとの相互作用により細胞質側においてαサブユニットのRas様ドメインのコンホメーションが変化し,つづいて,この変化にともないαサブユニットに劇的な構造変化が誘導されると予測された.GPCRとの複合体から取り出したGタンパク質の立体構造(図5b)を,GDP結合型Gタンパク質の立体構造(図2b)と比較するとわかるように,GPCRとの複合体からはαサブユニットのヘリカルドメインとよばれる領域が消えている(実際は,なくなったわけではなく,ドメインの位置関係が角度にして130度近い回転運動を起こし,この図の背面にまわりこんでいる).そしてその結果,これまでGDPがはさまれるようにして結合していた部位が,大きく溶媒に露出してGDPの解離が促されるような構造となっていた.そののち,低分子量Gタンパク質におけるシグナル伝達のスキームと同じく,GTPが結合することでαサブユニットの構造は活性型へと変化し,下流の分子へとシグナル伝達カスケードを開始するのであろう.
おわりにこれまで解明されていなかった受容体の立体構造とシグナル伝達の分子機構が明らかにされることにより,生命科学の多くの分野(たとえば,分子生物学,タンパク質科学,創薬,バイオインフォマティクスにくわえ,ときには,神経科学や薬理学なども含まれる)に影響が生じ,それ以後の研究の潮流すら決定してしまうことがときおりある.LefkowitzとKobilka“以前”の薬理学の研究がまさにそれであった.同じリガンドが細胞や組織あるいはその投与量によりまったく逆の薬理活性を示し,さらに,同じ受容体を介して異なる生理現象をひき起こすという混沌とした状況は,ことGPCRに関するかぎり,薬理学という学問を複雑怪奇な暗記学問とし,多くの医学生および薬学生の不評を買ってきた.筆者らの推測ではあるが,そのおもな理由は,GPCRに作用する生体内リガンドや薬物のもたらす生理現象が複雑かつ予測不可能で,容易に理解あるいは説明しがたかったせいではなかろうか? しかし,ロドプシンの高分解能の結晶化により端緒が切られ20),そののち,急速に発展した構造決定法の確立と普及により,わずかな期間に多くのGPCRにおいて構造解明がなされ,明快な分子薬理学の時代の到来がつげられた.GPCRの構造解析がもたらした情報をもとに,今後は,アゴニスト,部分アゴニスト,アンタゴニスト,部分アンタゴニスト,インバースアゴニストなど,これまで以上に豊富な種類の薬物の開発が合理的かつ論理的に進められていくことになろう.非常に興味深いことは,GPCRのシグナル伝達機構そのものに内在される動的な構造特性の理解が,結果的にさまざまな手法を生み出す契機となり,構造決定の成功をもたらしたことである.溶液NMR法や小角散乱法と異なり,本来は静的な構造しかあたえないはずのX線結晶解析が導き出したGPCRの構造動態も,多くの研究者による技術の積み重ねの歴史があればこそ,よりリアルなものとしてせまってくるのではなかろうか.複数の立体構造のあいだの動的平衡やタンパク質の構造ゆらぎといった“動的構造”のもたらす生理的な現象の重要性は,GPCRのほかにも,低分子量Gタンパク質や核内受容体の関与するシグナル伝達において認知されはじめており,構造生物学分野における新たな鍵概念となりつつある.こうした新しい概念の確立が創薬の分野にパラダイムシフトをもたらす日も近いと考えられる. 文 献
著者プロフィール
廣明 秀一(Hidekazu Hiroaki) © 2013 天野剛志・廣明秀一 Licensed under CC 表示 2.1 日本 GPCRの種類は?ヒトが持つ約800種のGPCRは、アミノ酸配列の相同性に基づき、クラスA(ロドプシンファミリー)、クラスB1(セクレチンファミリー)、クラスB2(接着GPCRファミリー)、クラスC(グルタミン酸ファミリー)、クラスF(フリズルドファミリー)の五つのクラスに分類される。
受容体の一覧は?現在、次の4つのタイプの受容体が知られている。. ①Gタンパク質共役型受容体. ②イオンチャネル内蔵型受容体. ③チロシンキナーゼ連鎖型受容体. ④細胞内型受容体(ステロイドホルモンや甲状腺ホルモンほか). Gタンパク質共役受容体の例は?Gαシグナリング. 受容体の別名は?レセプター(受容体、受容器)
細胞表面や内部に存在し、細胞外の特定の物質(ホルモン・神経伝達物質・ウイルスなど)と特異的に結合することにより細胞の機能に影響を与える物質の総称です。
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