NAD の還元型は酸化的 リン酸化による ATP 産生に関与している

ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)複合体と活性酸素種

ミトコンドリアとは

ミトコンドリアは、直径が0.5〜1µmの細胞小器官で、細胞全体の約10〜20%を占めています。ミトコンドリアは極めて運動性の高い細胞小器官で、細胞質内を微小管に沿うように移動したり、エネルギー(ATP)消費量が多い部位に局在していたり、ミトコンドリア同士で融合や分裂をして、常に柔軟に変形していることが報告されています。
生物学の新知識の「生体内のレドックス(酸化還元)反応と活性酸素種」で紹介したように、生体内の主な活性酸素種発生源はミトコンドリアと考えられています。ミトコンドリアは生体内の約95%の酸素を消費し、そのうち1〜3%が活性酸素種に変換されると推測されてきました。酸素分子が一電子還元されたスーパーオキシド(活性酸素種のひとつ)は、好中球やマクロファージなどの貪食細胞においてもNADPHオキシダーゼなどの活性酸素産生酵素系によって産生されますが、生体内で生じるスーパーオキシドの約90%はミトコンドリアで発生していると推測されています。

呼吸鎖(電子伝達系)複合体と活性酸素種

ミトコンドリアは好気呼吸におけるエネルギー産生の場として、重要な細胞小器官です。ミトコンドリア内膜上にある呼吸鎖複合体において、酸化還元反応を利用したエネルギー代謝により、ATPを産生しています。具体的には、複合体 I ではNADH、複合体 IIではコハク酸をそれぞれ酸化することで、ユビキノンを還元してユビキノールにし、複合体 IIIでユビキノールを酸化することでシトクロムcを還元します。複合体IVでシトクロムcが酸化され、酸素分子に電子を伝達することで水に還元します。この過程でミトコンドリア内膜を隔ててH+勾配が生じ、このH+勾配を駆動力としてATPを合成します。電子伝達の際に、複合体Iや複合体IIIから漏れ出した電子によって、酸素分子が一電子還元され、スーパーオキシドが発生します。ミトコンドリアの膜間腔側に発生したスーパーオキシドはSOD1、マトリックス側に発生したスーパーオキシドはSOD2が酸素と過酸化水素に不均化し、過酸化水素はグルタチオンペルオキシダーゼやペルオキシレドキシンによって水へと還元されます(図)。このように、好気性生物のミトコンドリアからは絶えず活性酸素種が発生していますが、抗酸化酵素により消去されてレドックス(酸化還元)バランスが保たれ、恒常性は維持されています。しかし、老化や疾患などにより活性酸素種の過剰発生や抗酸化能が低下すると、レドックスバランスが崩れ、酸化ストレスが引き起こされます。またミトコンドリアDNAは呼吸鎖複合体の一部のサブユニットをコードしていますが、ヒストンタンパクによるクロマチン複合体構造が存在せず、DNA修復機能が弱いことから、活性酸素種に脆弱と考えられており、核DNAに比べ傷害を受けやすく遺伝子変異も蓄積しやすいことが報告されています。そのためミトコンドリアDNAの傷害は、呼吸鎖複合体の分子構築の異常、ひいては電子伝達効率の低下と活性酸素種発生量の増加を引き起こすと考えられています。

NAD の還元型は酸化的 リン酸化による ATP 産生に関与している

図 ミトコンドリアにおける活性酸素種の発生と消去
活性酸素種は赤、抗酸化酵素は緑、 NADH やFADH2からの電子の流れは青で示す。 SOD:スーパーオキシドジスムターゼ、 Trxox:酸化型チオレドキシン、 Trxred:還元型チオレドキシン、 Prx:ペルオキシレドキシン、TR:チオレドキシンリダクターゼ、 GPx:グルタチオンペルオキシダーゼ、 GSH:還元型グルタチオン、 GSSG:酸化型グルタチオン、 GR:グルタチオンリダクターゼ、 O2•-:スーパーオキシド、H2O2:過酸化水素、 •OH:ヒドロキシラジカル。 「神経変性疾患におけるミトコンドリア異常と凝集体形成」松本紋子、 臨床病理 64(10) 2016より改変

近年、呼吸鎖複合体は、スーパーコンプレックス(超複合体)を形成していることが徐々に明らかになってきています。スーパーコンプレックスの形成に関わる因子として、カルジオリピンは複合体IIIとIVとの結合に関与し、COX7RP(cytochrome c oxidase subunit 7a)は複合体IIIとIVが結合した複合体と複合体Iとの結合に関与することが報告されています。また、臓器や加齢に伴いスーパーコンプレックスの構成が異なるという報告もあります。スーパーコンプレックスの形成は、電子の伝達が複合体間で直接的に行われることで、ATPの産生効率が上がると共に、電子のリークによる活性酸素種の発生を抑制するのではないかと推測されています。老化や神経変性疾患の一因として、酸化ストレスが関与していると考えられています。私たちの研究室では、神経変性疾患や加齢に伴うミトコンドリア機能変化(異常)について、スーパーコンプレックス形成やスーパーオキシドの発生などに着目して研究をしています。興味のある方は、ぜひ研究室のホームページも覗いていてみてください。

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第六部:生化学の基礎 脂質

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ここでは,物質代謝で重要な役割を持つ ATP の生成とクエン酸回路の関係について, 【 ATP とは】, 【 ATP の合成反応】, 【 ATP 生成量】 に項目を分けて紹介する。

ATP (アデノシン 5'-三リン酸)
ヌクレオチドの一種で補酵素に分類される化合物で,3分子のリン酸が付き,2個の高エネルギーリン酸結合をもつ化合物である。

りん酸 1分子の離脱によりエネルギーを放出し,放出した分子がりん酸と結合することでりん酸エネルギーを貯蔵することができる化合物である。また,物質の代謝・合成において重要な役目も果たしている。
すべての真核生物(動植物など細胞の中に細胞核を有する生物)が利用し,エネルギーの放出と蓄積に関わるので,「生体のエネルギー通貨とも言われている。

ATP の表記は,ヌクレオチドの一種で,五炭糖のリボースであるアデノシン三リン酸

Adenosine TriPhosphate )の赤字のアルファベットを用いた短縮形である。なお,IUPAC 名は,アデノシン 5'-三リン酸である。

ATP は,リボースの 5'-ヒドロキシ基にリン酸エステル結合により 3分子のリン酸が連続して結合した構造のものであるが,1分子のリン酸基が結合したものを AMP( Adenosine MonoPhosphate ,アデノシン一リン酸,アデニル酸)2分子のリン酸基が付いたものを ADP ( Adenosine DiPhosphate ,アデノシン二リン酸)という。

エネルギーの放出
下図に例示するように,ATP ADP のように,連続したリン酸基同士の結合(リン酸無水結合)は,エネルギー的に不安定なため,リン酸基の加水分解による切断反応,他の分子にリン酸基を転移する反応でエネルギーを放出する。
例えば,ATP + H2O → ADP + Pi(リン酸)で 30.5 kJ /mol ,ATP + H2O → AMP + PPi(ピロリン酸)で 45.6 kJ /molの標準自由エネルギー変化がある。
さらに,細胞内の ATP 濃度は ADP の10倍程高いなど,ATP の加水分解などの反応が自発的に起きる状況にある。
このように,ATP のリン酸基同士の結合切断によるエネルギー変化が,他の生化学反応の推進に寄与するため,この結合を「高エネルギーリン酸結合」とも呼ばれている。

ATP は,エネルギーを要する生体反応に必ずといえるほど使用されている。例えば,解糖系の グルコースのリン酸化など,糖新生などの生合性反応,筋肉のアクチン・ミオシンの収縮,濃度勾配に逆らって物質移動する能動輸送,RNA 合成の前駆体などである。

NAD の還元型は酸化的 リン酸化による ATP 産生に関与している

CoA (補酵素A ,コエンザイムA ),ADP,ATP

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ATP の合成反応

ATP は,解糖系クエン酸回路などでも ATP は生じるが,主に酸化的リン酸化ミトコンドリア内の電子伝達系に共役して起こる反応で,水素イオンの濃度勾配を利用した ADPのリン酸化),光合成・明反応における ATP 合成酵素による光リン酸化によって生じる。
光リン酸化( photophosphorylation )
ADP + Pi + H+ → ATP + H2O
また, GTP(グアノシン三リン酸)は,自由エネルギー変化をほとんど伴わずに ATP と相互変換する。
GTP + ADP ⇔ GDP + ATP

酸化的リン酸化( oxidative phosphorylation )
細胞呼吸(好気呼吸)には,大きく分けて,解糖系,クエン酸回路,酸化的リン酸化の 3 つの代謝が関わる。解糖系を要約すると,細胞質基質で行われる酸素を使わない糖の酸化過程で,クエン酸回路は,ミトコンドリアのマトリックスでピルビン酸などから変換されたアセチル CoA を二酸化炭素に分解する酸化過程である。
酸化的リン酸化とは,電子伝達系とも呼ばれ,水素受容体( NADH2+ ,FADH2 など還元型の補酵素)を酸化し,酸素に電子を伝えて水を生成する過程において,光リン酸化と同様に,ATP を生成する反応系である。

具体的には,ミトコンドリアのマトリックス側(内膜の内側)で発生したプロトン H+ )を膜間スペース(外膜と内膜の間)へ汲み出すことで,ミトコンドリア内膜を隔てて,隙間スペースが高濃度となる H+濃度勾配が生じる。このため,マトリックスと膜間スペースの間に電位差が生じる。
この電位差に逆らい膜間スペースからマトリックスへ 3 個のプロトンが流入するときに,ATP 合成酵素により ADP リン酸から 1 分子の ATP が合成される。
ADP + Pi + H+ → ATP + H2O

なお,“プロトンの汲み出し”に関し,水素受容体( NADH2+ ,FADH2 など)の酸化により,グルコース 1 分子あたり 100 個以上のプロトンがミトコンドリア内膜の外に放出されるといわれている。

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ATP の生成量

細胞呼吸によるグルコース1分子( C6H12O6 )からの ATP 生成量は,一般的な教科書では 38当量となっている。
C6H12O6 + 6O2 + 38ADP + 38Pi → 6CO2 + 6H2O + 38ATP

この内訳は,
解糖系( 2当量)
C6H12O6 + 2NAD+ + 2ADP + 2Pi → 2C3H4O3 (ピルビン酸) + 2NADH2+ + 2ATP
クエン酸回路( 2当量)
2C3H4O3 + 2NAD+ + 2HS-CoA → 2CH3CO-S-CoA (アセチル CoA ) + 2CO2 + 2NADH2+
2CH3CO-S-CoA + 6NAD+ + 2FAD + 2GDP + 2Pi + 6H2O
→ 4CO2 + 6NADH2+ + 2FADH2 + 2GTP + 2HS-CoA , 2GTP + 2ADP ⇔ 2GDP + 2ATP

酸化的リン酸化( 34当量)
ミトコンドリアの内壁を貫くサブユニットのマトリックス側に存在する ATP 合成酵素によって,膜間スペースからマトリックス側に逆流したプロトン( H+により,ADP がリン酸化して ATP ができる。
ADP + Pi + H+ATP + H2O
プロトンの逆流は,1当量の NADH2+ から ATP 約 3当量,1当量の FADH2 から ATP 約 2当量の生成が可能といわれている。
すなわち,上述の細胞呼吸(解糖系,クエン酸回路)では,グルコール一分子あたりで,生成する NADH2+ は 10当量,FADH2 が 2当量となるので,最大で 10×3+2×2=34当量の ATPが生成できると計算される。

【参考】
NAD (ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド: nicotinamide adenine dinucleotide )
全ての真核生物で用いられる電子伝達体で,脱水素酵素の補酵素として,酸化型( NAD+ )と還元型( NADH )の状態を取り得る。
なお,一般的には( NADH + H+ )の状態を( NADH2+ )と表記する例がおおい。
NADH2+ + 酸化物質 ⇔ NAD+ + 還元物質( 2e- + 2H+ )

FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド: flavin adenine dinucleotide )
代謝反応に必要な酸化還元反応の補酵素で,酸化型( FAD )と還元型( FADH2 )の状態を取り得る。
FADH2 + 酸化物質 ⇔ FAD + 還元物質( 2e- + 2H+ )

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